
ゲーム界隈では、数年に一度あるかどうかのレベルで、その名を轟かせるビッグタイトル、いわゆる「エピック級」のゲームが生まれます。
エピック級と呼べるゲームは、ブームによる爆発的な売上や記録的な販売本数、あるいは各種ゲーム大賞を総ナメする高い評価を得るなど、確かな実績を持つタイトルです。
しかしその中でも、ゲーム史に新たな風を呼び、後の時代にまで影響を与えたものは一段上の存在で、本記事ではそのようなゲームを「レジェンド級(伝説級)」と位置づけ、紹介します。
紹介するゲームは以下の4本です。
ストリートファイターII

レジェンドゲーム一本目は1991年にアーケードゲームとして稼働したカプコンの「ストリートファイターII」(以下「ストⅡ」)です。
スト2が当時圧倒的なブームを巻き起こし、対戦格闘ゲームというジャンルを創設したパイオニアであることは、今さら説明するまでもありません。
しかし、発売から30年以上経った今だからこそ、このゲームがどれだけ凄かったのかよく分かります。
ストⅡは世に出た時点で格闘ゲームとして完成していました。

レバーを後ろに倒すと立ちガード、斜め後ろならしゃがみ(屈)ガード、ジャンプ攻撃は屈ガード不可、屈キックは立ちガード不可、ガード不能の投げ、2本先取、昇竜コマンド、タメ、削り、めくり、キャンセルなどなど今も格闘ゲームの当たり前として残っているものがこの時点で既にできています。
加えて、当時の水準から見ても、グラフィック、サウンド、操作性、ゲームシステムのすべてにおいてカプコンによる圧倒的な作り込みがされており、高いクオリティを実現していました。
まるで技術だけが先に進みすぎたかのような、オーパーツのような出来ばえです。
まず目を見張るのは、アニメーション枚数の多さです。ガイルの遠距離大パンチ(裏拳)は、6枚のアニメーションで再生されます。
この時点で後続に出る他社の格ゲーの1.5〜2倍くらいのアニメパターンで描きこまれています。


ほかにも、立っているだけでも細かく揺れる待機モーションや、前ジャンプ時にくるりと前転する動きなどがあり、当時のアクションゲームとしてはかなり進んでいました。
操作性もよく練られていて、コマンド技が出やすいように、斜めの入力が抜けてしまったり、途中に余計な入力が発生しても補完して必殺技コマンドとして認識され、スクリューパイルドライバー(レバー1回転)などは、半回転+1でも成立するようになっています。
さらに、必殺技入力のパンチ(キック)の部分は、ボタンを押したときだけでなく離したときでも入力として認識される、いわゆるネガティブエッジをすでに導入しているのもすごいところです。
後続の下手に模倣しただけの格ゲーでは、このような細かい作り込みまで真似できていなくて、必殺技コマンドを表記どおり正確に入力しないと出なかったり、タメ技も一度ニュートラルに戻さないと成立しないなど、操作性に難のあるものも少なくありませんでした。
後続の見た目の良い格闘ゲームと比べても、実際に動かして触れてみると、その完成度の高さは段違いです。
まさに伝説級にふさわしいゲームです。
ファイナルファンタジーVII

レジェンドゲーム二本目は1997年1月31日にPlayStation用ゲームとして発売されたスクウェアの「ファイナルファンタジーVII」(以下「FF7」)です。
FF7は、スクウェアが当時ゲームハードメーカーの王者であった任天堂から離脱し、ソニーのPlayStationから発売されたというのが大きな衝撃でした。その結果、PlayStationがセガサターンと争っていたシェア競争に勝利し、同機が家庭用ゲーム機の覇権を握る決定打となりました。このことからもFF7が、ゲーム史に大きな影響を与えた伝説のゲームソフトであることは疑いようもありません。
しかし、発売から長い年月を経てプレイした現在の若い世代からは「何がそんなにすごかったのか」、「評価されすぎじゃないか」といった疑問の声もしばしば耳に入ります。
ですが、それは当時のゲームの状況を知らないまま現在の感覚で語っているに過ぎません。
FF7の凄さとその衝撃は発売当時に体験していなければ実感できないものです。

当時、FF7の何がすごかったのかというと、それは、ロールプレイングゲームに本格的な3D表現を持ち込んだことです。
それまでにも3Dのゲームは存在していましたが、アクションやレース、シューティングの一部に限られており、ゲームの主流はいまだに2Dでした。RPGにおいては、3D表現はほとんど採用されていませんでした(※1)
※1 一応、家庭用ゲーム機で初めて3Dによる戦闘を取り入れたのは、FF7の一月前に発売されたワイルドアームズ
当時を振り返ると、FF7の画面をゲーム誌面で初めて見た私と友人の反応は、実に冷ややかなものでした。
「ポリゴンがカクカクでチープすぎる」
「鉄アレイみたいな腕がダサい」
それまでFFといえば、天野喜孝氏による幻想的な絵を精細に落とし込んだ美麗なドット絵によるグラフィックが特徴だっただけに、この変化は不安でしかありませんでした。
しかし、発売前にゲーム屋の店頭でFF7が実際に動いているところを見て、その印象は一変します。
「キャラが動いて”演技”をしている!」
衝撃でした。
腕を震わせ感情を露わにするバレットやヤレヤレといった仕草をするクラウドなど、セリフに合わせて様々な動きをするキャラクターたちは、それまでドット絵でちょこまか動く程度の表現から2段飛ばしの飛躍的な進化でした。

FF7は、RPGに限らず、その後に出るゲームが3D主流へと移行していく転換点となったタイトルだと思います。
Half-Life2

レジェンドゲーム三本目は2004年11月にPCゲームとして発売されたValveの「Half-Life2」(ハーフライフ2、以下「HL2」)です。
日本では先に紹介した2作ほど知名度は高くないかもしれませんが、HL2はゲームの売り方とゲーム体験に大きな転換点をもたらした、ストⅡやFF7に匹敵する伝説的なタイトルです。
HL2がもたらした変化とは、以下の4つです。
【ゲームの売り方】
- Steamによるダウンロード販売
- 多言語化(マルチランゲージ)
【ゲーム体験】
- 物理演算
- フェイシャルアニメーション
世界最大のPCゲームのダウンロード販売・管理ツールとなったSteamですが、その普及の大きな要因となったのがこのHL2です。

今でこそPCゲームはダウンロード販売が当たり前ですが、それまではCDなどの物理メディアに入ったパッケージ版が中心でした。
PCゲームは町のゲーム屋では扱ってないケースも多く(※2)、秋葉原など大きなPCショップまで足を運んで買う必要がありました。
※2 当時の日本のPCゲームはエロゲーが中心で、海外タイトルもPCの知識を備えた大人のコア層向けなため、小中学生の多い町のゲーム屋では扱いにくかった
さらに、日本では海外のPCゲームは国内販売代理店を通じて販売されるのが一般的で、日本語字幕や日本語マニュアルは代理店側が用意していました。ただ、ゲーム本編は日本語化されておらず、日本語マニュアルのみ付属してるだけというのも少なくありませんでした。
そうした状況の中で、HL2ではValveが販売代理店を介さず直接販売する形を取り、最初から複数言語に対応するマルチランゲージが広く普及していきます。
今では海外のゲームでもAAAタイトルなら日本語対応は当たり前ですが、当時はそうではありませんでした。有名タイトルでも日本語化はされていないのでストーリーの翻訳本を片手に英語のままプレイするのも珍しくなかった時代です。
そもそもHL1に日本語が字幕すら入ってなかったのでHL2が最初から日本語が入っているということ自体も驚きでした。

そしてHL2といえば物理演算をゲームプレイにいち早く取り入れたことでも知られます。
「マップ上に置いてあるオブジェクトを手に取って投げる」
「力を加えられたオブジェクトが現実のような挙動で反動する」
当時はこれがほとんどなかったんです。
棚や机に置かれた小物はマップの一部として固定されていて、殴ったり撃ったりしても動きませんでした。
序盤のシーンでコンバイン兵がわざと空き缶を足元に落として「拾ってゴミ箱に入れろ」と指示してくるシーンがありますが、当時はこれが「物理演算スゲー!」となるシーンたったんですね。ほかにも、シーソーの反対側にブロックを積み上げて足場を傾けたり、ドラム缶を持って盾にするなど物理演算を活かしたギミックが数多くありました。
物理演算のあるゲームはHL2以前にもありましたが、ここまで本格的にゲームプレイに組み込んだのはHL2が初めてです。


次は、G-manがリップシンクしながら口を動かすデモが話題になったフェイシャルアニメーションについてです。詳しい話は割愛しますが、このゲームが世に出たのはPS3発売のおよそ2年前です。
この時代に、物理演算だけでなくリアルタイムレンダリングで3Dモデルの口を自然に動かすのはかなり高度な技術でした。
「Half-Life2」は、まさにその時代の最先端技術で構築され、後のダウンロード販売やマルチランゲージの普及にも繋がった伝説のゲームといえます。
ところでHalf-Life3っていつ出るんですかね。
デモンズソウル

レジェンドゲーム四本目は、フロム・ソフトウェアが開発し、2009年2月にソニー(SCE)からPlayStation3用ソフトとして発売された「デモンズソウル」(Demon's Souls)です。
デモンズソウルが革命的だったのは、高難易度を再定義し、「難しい」を楽しむゲーム性にしたことです。
ゲームの難易度は、アーケードゲームが中心だった時代は、1コインあたり数分や10分程度の短時間でゲームオーバーとなるよう元々高めに設定されていました。
家庭用ゲーム機が登場してもその名残があり、初期の家庭用ゲーム機で遊べたゲームの難易度も比較的高めでした。
しかし、こうした高難易度を楽しめるのは、やり込みが好きな一部のコア層に留まり、ゲームのプラットフォームがアーケードから家庭用ゲーム中心となるにつれ、より親切設計・カジュアル化路線にシフトしていきます。
デモンズソウルが発売された頃はまさにその流れの中にありました。
そのため、後に数多くのゲームに影響を与え「ソウルライク」と呼ばれるジャンルの元祖となった本作も、発売当時の日本での評価は「いつもの尖ったフロムゲー」でした。

しかし、デモンズソウルはただ難しいだけのゲームではありませんでした。
ミスを前提に、死んで覚え、繰り返し挑戦することで少しずつ先へ進んでいきます。その過程でプレイヤースキルの上達を実感できる充実感がありました。
さらに、ボスを倒したときの圧倒的な達成感や、一瞬の操作や判断ミスでソウルを失うかもしれない緊張感など、高難易度であるがゆえ非常に刺激的でした。
これらが合わさって、デモンズソウルはまさに「高難易度を楽しむ」ゲームデザインを成立しさせていたのです。

その後、デモンズソウルは北米でSCEではなくアトラスから発売され、高い評価を受けます。
2011年にはダークソウルが発売され、篝火やエスト瓶などソウルライクのシステムがほぼ完成します。さらに、2022年にエルデンリングが発売された頃にはソウルライクは高難易度でありながらも一般層にも受け入れられるジャンルとなっていました。

そして、多くのゲーム開発者に影響を与え、フロム・ソフトウェア以外のメーカーからも同系統のゲームが次々と登場するようになります。
しかし、ソウルライクブームにより高難易度なゲームも認められるようになった一方で「ただ、難しくしただけ」のゲームも見られるようになりました。
私は、ゲームが下手な方なので難しいのは苦手ですがデモンズソウルやSEKIRO、Celesteのように、高難易度であることがゲームの核であり、それをちゃんと楽しめるようなデザインのものは好きです。
しかし、そうではなく、「こういうのが好きなんでしょ」と言わんばかりに単に難しくしただけのものは正直嫌いです。ストレスがたまるだけなのでイージーモード入れてくれと思います。
高難易度でありながら、その難しさが面白さに直結してないゲームの例として、ぶっちゃけるとアーマード・コア6(AC6)が挙げられます。AC6自体は大好きですが、このゲームのソウルライクのような高難易度は正直嫌いです。
デモンズソウルやSEKIROと違ってAC6の難しさってちっとも面白さを感じないんですよ…失敗から学ぶというより操作精度や反応速度といったプレイヤースキルが足らないという部分が大きく、覚えてどうにかするという余地が少ない気がします。
そもそもアーマード・コアにソウルライクな難しさは求めてません(何度も言うけどアーマード・コア6自体は大好きです。)
「難しさそのものを楽しませる」デザインなら難易度設定は不要ですが、そうでないゲームにおいては、イージーモードを用意したほうが良いと思います。
難易度の方向性を見失いつつあるフロム・ソフトウェア自身にもデモンズソウルのドMな難易度が何故上手く行ったのか今一度考え直してほしいですね
おわりに
今回紹介した4本はいずれも、それぞれの時代においてゲームの基準を大きく変えたタイトルです。
ほかにも、セガを傾けるほどの巨額を投じて作り込まれ、箱庭系オープンワールドの礎を気づいた「シェンムー」やMMORPGを確立した「ウルティマオンライン」など伝説的と呼べるゲームは存在します。しかし、これらのゲームは私自身リアルタイムで体験していないので、残念ながら記事として語ることはできません。
今回はあくまで自分が体験した範囲での選出ですが、いずれも間違いなくレジェンドと呼べるゲームです。
今の若い世代にとってはすでに古典となりつつあるタイトルですが、当時の体験者として、その何が凄かったのかを少しでも伝えられていれば嬉しいです。
以上
『ゲーム史に残るレジェンドなゲーム』でした。
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